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東京地方裁判所 昭和56年(行ウ)4号 判決

原告 羽場[日永]

被告 中野区建築主事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五四年一二月一七日付で原告に対してした建築基準法六条四項の規定による「適合しない旨の通知」を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、昭和五四年一〇月四日、被告に対し、左記の内容の建築確認申請(以下「本件申請」という。)をした。

(1) 敷地  中野区中野一丁目八番五

宅地  一八三・二〇平方メートル

(2) 申請建築物 木造二階建

床面積  一階 五九・四二九平方メートル

二階 五一・二二八平方メートル

(二)  被告は、昭和五四年一二月一七日、原告に対し、本件申請に係る建築物及びその敷地内に建築基準法(以下「法」という。)四二条二項の規定による道路が存在するため本件申請に係る建築計画は法四四条一項の規定に抵触することを理由に法六条四項の規定による「適合しない旨の通知」(以下「本件処分」という。)をした。

2  しかしながら、本件申請に係る建築物及びその敷地内に法四二条二項の規定による道路は存在しないから、前記理由でされた本件処分は違法である。よつて、原告は、本件処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2は争う。

三  被告の主張

1  本件申請に係る建築計画によると、本件申請に係る建築物は、別紙図面(一)の赤線枠内に位置するものであつた。

2  ところで、中野区中野一丁目八番(以下「八番」という。)五、一〇の土地内には、以下に述べるとおり、別紙図面(一)及び(二)の黄色斜線部分の位置に法四二条二項の規定による道路が存在しており、同図面(一)表示のとおり本件申請に係る建築物及びその敷地の一部は右道路内にあつた。

(一) 法四二条二項の規定による道路とは、法施行の際(昭和二五年一一月二三日。以下「基準時」という。)現に建築物が立ち並んでいる幅員四メートル未満の道であつて、特定行政庁の指定したものをいうところ、特定行政庁である中野区長は、昭和五〇年四月一日付中野区告示第二四号(以下「本件告示」という。)をもつて、法四二条二項の規定に基づく道路の指定をした。そして、本件告示第一号によれば、「基準時において現に存在する幅員四メートル未満二・七メートル以上の道で、一般の交通の用に使用されており、道路の形態が整い、道路敷地が明確であるもの」が法四二条二項の規定に基づく道路として指定されている。

(二) 八番五、一〇の土地の一部である別紙図面(二)のabcdaの各点を順次直線で結んだ枠内の通路(以下「本件通路」という。)は、次に述べるとおり基準時において現に建築物が立ち並んでいる道であつて本件告示第一号に規定する要件をすべてみたしているものであるから、法四二条二項の規定による道路である。

(1) 現に建築物が立ち並んでいること

〈1〉 本件通路と八番五、九ないし一一との土地の位置関係は別紙図面(二)表示のとおりであり、基準時において八番五に羽場宅、同一〇に西郷宅、同一一に禰寝宅、同九に有住宅の各建築物が存在し、本件通路は、これら四棟の建築物に囲まれて八番五及び一〇の土地の西側部分にあつた。

〈2〉 八番一〇、一一の西郷宅及び禰寝宅の各建築敷地は、いずれも本件通路のみに接していた。

〈3〉 そして、西郷宅及び禰寝宅の各建築物の建築申請はいずれも本件通路を道路敷地として申請され、禰寝宅については昭和二四年八月一七日に、西郷宅については昭和二五年一〇月二〇日に、それぞれ建築許可を受けている。

〈4〉 ところで、法上建築物の敷地は道路に二メートル以上接しなければならないところ(法四三条一項本文)、法上の道路は幅員四メートル以上のものとされたことから(法四二条一項本文)、法施行前幅員四メートル未満の道に接する敷地上に存する建築物は、法施行後においてこれを増改築し、又は取り壊して新たに建築物を築造することは不可能となるのではあるが、法施行前幅員四メートル未満の道が公道に通ずる道路網として市街地の形成及び公益上も役立つてきたことは否定できないので、かかる道に接する敷地、建築物の権利者を救済するために法四二条二項の規定が設けられたものである。したがつて、原則として当該道のみによつて接道要件をみたす建築物が複数存在する場合には、「現に建築物が立ち並んでいる」旨の要件をみたすものと解すべきである。

そこで、本件についてみるに、右〈2〉、〈3〉のとおり、西郷宅及び禰寝宅の建築敷地はいずれも本件通路のみに接するうえ、各建築物は、それぞれ基準時前に建築許可を受けていたから、本件通路によつて市街地建築物法八条の接道要件をみたしていたことは明らかである。

そうすると、基準時において本件通路のみによつて接道要件をみたす建築物が複数存在することになるから、本件通路は法四二条二項に規定する「現に建築物が立ち並んでいる」道であるといえる。

〈5〉 仮に「現に建築物が立ち並んでいる道」というためには「道を中心に建築物が寄り集まつて市街の一画を形成し、道が一般の通行の用に供され、防災、消防、衛生、採光、安全等の面で公益上重要な機能を果たす状況」にあることが必要であると解しても、本件通路付近は昭和一三年ころには既に宅地化、市街化しており、本件通路は右市街地の一画を形成するのに必要な幅員九尺(二・七メートル)の道路として築造されたものであつて、本件通路付近には戦災後の昭和二五年ころには再び建築物が多数存在していたのであるから、第二次大戦前後を通じ、本件通路は市街地を形成するに必要な道であり、防災上・避難上等公益上重要な機能を有していた。したがつて、右解釈によつても「現に建築物が立ち並んでいる道」といえるのである。

(2) 幅員

本件通路の基準時における幅員は二・七メートルであつた。

この事実は、(1)〈3〉の禰寝宅、西郷宅の建築許可書添付の図面等に幅員九尺と記載されていること等から明らかである。

(3) 一般の交通の用に使用されていること

別紙図面(二)表示の西郷宅及び禰寝宅の居住者や同人らを訪問する者が、基準時において、以下に述べるとおり、本件通路を交通の用に使用していた。

〈1〉 本件告示第一号の指定要件のうち「一般の交通の用に使用されている」という要件に関しては、(1)〈4〉で主張した法四二条二項の趣旨からして、行き止まりの道を含めて通行者が二世帯以上存在することによりこれをみたすものと解すべきであり、また基準時において当該道を現実に利用していなくても基準時に近接した日以降に当該道を利用することが確定している者が存在するときは、その者も含めて判断すべきである。

〈2〉 別紙図面(二)表示の禰寝宅の建築物は、昭和二四年一〇月ころ竣工したから、基準時において、禰寝宅の居住者及び同人らを訪問する者は、本件通路を通行の用に供していた。

また、同図面表示の西郷宅の建築物の竣工日は基準時二日後の昭和二五年一一月二五日であるが、右建築物は基準時において外観上はほぼ建物として完成していたものとみるべきであるから、西郷宅の者が基準時に極めて近接した日以降に本件通路を利用することが確定していたものといえる。

〈3〉 そうすると、右禰寝宅の居住者と西郷宅の居住者とを含めると、基準時において本件通路を利用する者が二世帯以上存在することになるから、本件通路は、「一般の交通の用に使用されている」という要件をみたしている。

(4) 道路形態が整い、道路敷地が明確であること

本件通路の西側境界線上には、木が植えられて通り抜けができないようになつており、また、その反対側の西郷宅側には生垣が本件通路の境界に平行して植えられていた。

(三) 以上のとおり、本件通路は、基準時において現に建築物が立ち並んでいる道であつて本件告示第一号に規定する要件をすべてみたし、もつて法四二条二項に規定する要件をみたしているから、同項の規定による道路である。

そうすると、本件申請に係る敷地の西側隣地境界線から東側水平距離一・三五メートルの線(別紙図面(一)表示の本件道路中心線)から振り分け二メートルの線、すなわち西側隣地境界線から東側水平距離三・三五メートルの線が道路境界線となる。

したがつて、右境界線内においては、法四四条一項により建築物の建築は制限されることになるから、これを前提としてした本件処分に原告主張の違法は存しない。

3  仮に本件通路の幅員が基準時において一・八メートルしかなかつたとしても、本件通路は、本件告示第三号に該当する。

すなわち、本件告示第三号によれば、「基準時において、現に存在する幅員四メートル未満一・八メートル以上の道で、一般の交通に使用されており、その中心線が明確であり、基準時にその道のみに接する建築敷地があるもの」が法四二条二項の規定に基づく道路として指定されているところ、本件通路の基準時における現況は2(二)(1)、(3)、(4)のとおりであるから、本件通路は、一般の交通に使用され、その中心線は明確であり、八番一〇、一一の両土地はいずれも本件通路のみに接する建築敷地である。

したがつて、仮に本件通路の基準時における幅員が一・八メートルであつたとしても、本件通路は、本件告示第三号に該当し、結局法四二条二項の規定に基づく道路として指定されているものであるから、これを前提としてした本件処分に原告主張の違法は存しない。

四  被告の主張に対する認否

1  被告主張1の事実は認める。

2  同2の事実について

冒頭部分は否認する。(一)は認める。(二)の冒頭部分は否認する。(1)〈1〉のうち、本件通路が四棟の建築物に囲まれていたことは争い、その余は認める。〈2〉は認める。〈3〉は不知。〈4〉のうち、法四二条二項の立法趣旨は不知、西郷宅、禰寝宅の建築敷地が本件通路のみに接することは認めるが、その余は争う。〈5〉のうち、昭和一三年ころの状況は不知、その余は否認する。(2)は否認する。なお、被告主張の図面は接道義務をみたす外観を作り出すためねつ造されたものである。(3)の冒頭部分は否認する。〈1〉は争う。〈2〉のうち、禰寝宅の建築物が被告主張のころ竣工したこと、西郷宅の建築物竣工日か被告主張の日であることは認めるが、その余は否認する。〈3〉は争う。(4)は認める。(三)は争う。

3  同3の事実のうち、本件告示第三号の内容が被告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。

五  原告の反論

本件通路の基準時における現況は、以下のとおりであるから、本件通路は本件告示第一号又は第三号のいずれの要件をもみたしていない。

1(一)  基準時における本件通路の周辺には、バラツク建ての建物が散在してはいたものの、空地、畑等の占める部分の方が格段に広く、およそ市街地が形成されているといえる状況ではなかつた。

(二)  また、本件通路の西側には有住宅が一軒あつたのみでその余の西側隣地には、幅員二メートルを超える空地があり、さらにその西側に隣家(別紙図面(二)表示の木村宅)が建つていただけであるから、本件通路の両側に沿つて建築物が立ち並んでいたものではない。

(三)  したがつて、本件通路は、基準時において現に建築物が立ち並んでいる道ではなく、まして市街地を形成するに必要な道であつて防災上、避難上等公益上重要な機能をもつた道であつたとはいえない。

2(一)  別紙図面(一)青線枠内の原告現存建築物と基準時に存在した原告旧宅(別紙図面(二)表示の羽場宅)とは同位置にあり、両者の大きさも同じである。すなわち、原告旧宅は、昭和二五年四月ころ建築されたが、昭和二六年末に焼失し、その焼失した跡に焼失前建物と位置及び大きさを同じくして、原告現存建築物が、昭和二八年ころ、建築確認を受けたうえで築造された。

(二)  ところで、東京都知事は、昭和二五年一一月二八日付東京都告示第九五七号をもつて、法四二条二項の規定に基づく道路指定をした(なお、同項の道路として指定する特定行政庁の権限は、基準時から昭和五〇年三月三一日までの間、東京都知事に属していた。)。そして、右告示第一号によれば、基準時において、現に存在する幅員四メートル未満二・七メートル以上の道のうち、道路敷地の境界が明確なものを法四二条二項の規定に基づく道路として指定している。

(三)  そうすると、昭和二八年当時において、本件通路が右告示の要件をみたす法四二条二項の規定による道路に該当していたとすれば原告の現存建築物は法四四条一項の規定に抵触する違法建築物となるが、前述のとおり、原告現存建築物は建築確認を受けたうえで築造されたものであるから、本件通路が右告示の要件をみたす法四二条二項の規定による道路でなかつたことは明らかである。そして、原告現存建築物と原告旧宅とは同じ大きさで同じ位置にあり、しかも、原告現存建築物と西側隣地境界線との間隔が二・七メートルをかなり下回つていることからすれば、基準時における本件通路の幅員が二・七メートルなかつたことは明らかである。右幅員は高々一・八メートルあつたにすぎない。

3(一)  本件通路の基準時における使用状況については、原告宅では敷地の一部であるとの認識のもとに本件通路に洗濯物、植木鉢などを置いて使用し、西郷宅は建築中であつて居住しておらず、また、禰寝宅では同宅から西側に出る通路を利用していて本件通路をほとんど使用していなかつたから、結局本件通路は基準時に道路として使用されていなかつた。

(二)  したがつて、本件通路は、基準時において一般の交通の用に使用されている道ではなかつた。

4  本件通路の南側出口(禰寝宅側)には、基準時において、木戸が設けられていたうえ、西側部分には低雑木が茂つていたのであるから、本件通路は単なる空地であつて道路としての形態を整えていなかつた。

5  右1、4で主張したように、本件通路の西側部分には低雑木が茂り、西側隣地に本件通路に沿つて建物が建てられていたものではないから、本件通路の中心線が明確だつたとはいえない。

六  原告の反論に対する認否

1  原告の反論冒頭部分は否認する。

2  同1の事実について

(一)は否認する。(二)のうち、本件通路の西側に有住宅があり、その余の西側隣地に空地があつたこと及びその空地の西側に木村宅があつたことは認めるが、その余は争う。(三)は争う。

3  同2の事実について

(一)のうち、原告旧宅が原告主張のころ建築され焼失したこと、原告現存建築物の位置が別紙図面(一)表示のとおりであることは認めるが、その余は否認する。(二)は認める。(三)は争う。

4  同3の事実のうち、(一)は否認し、(二)は争う。

5  同4の事実のうち、本件通路に原告主張の木戸及び低雑木が存在していたことは否認し、その余は争う。

6  同5の事実は否認する。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1及び被告の主張1の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件申請に係る建築物及びその敷地内に法四二条二項の規定による道路が存在するかどうかを判断する。

1(一)  まず、基準時における本件通路の状況をみるに、本件通路が八番五、一〇の土地の西側部分に存在していたこと、本件通路と八番五、九ないし一一の土地との位置関係は別紙図面(二)表示のとおりであること、同図面表示のとおり八番五に羽場宅、同一〇に西郷宅、同一一に禰寝宅、同九に有住宅の各建築物が存在していたこと、右西郷宅及び禰寝宅の各建築敷地(八番一〇、一一の土地)は本件通路のみに接していたこと、本件通路の西側境界線上には木が植えられていて通り抜けができないようになつており、他方、東側境界線には生垣が境界に平行して植えられていたことは、当事者間に争いがない。

(二)  成立に争いのない甲第二号証、乙第三号証の一、いずれも官公署作成部分の成立は争いがなく、その余の部分については被告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第一号証の一、第二号証の一、四、被告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる乙第一ないし第三号証の各二、第五号証、証人青山豊の証言により真正に成立したものと認められる乙第四、第七、第八号証並びに証人青山豊の証言及び被告本人尋問の結果を総合すれば、以下のとおりの事実が認められ、他にこれを覆すに足る証拠はない。すなわち、

八番五、一〇、一一の三筆の土地はもと木村源蔵が一筆の土地として所有していたところ、昭和二五年ころまでに、別紙図面(二)表示のとおり、右土地を三筆に分筆したうえ、原告の父羽場只雄、西郷幸雄、禰寝徳也にそれぞれ譲渡したこと、その際、禰寝は右三筆の土地のうち北側公道から一番奥に位置する八番一一の土地を買い受け、木村との間で、本件通路に相当する幅員二・七メートルの道路を右公道に抜ける道路として確保する約束をしたこと、その後、右羽場、禰寝、西郷の三名は八番の各土地上に建物を建築したが、そのうち別紙図面(二)表示の禰寝宅及び西郷宅については、いずれも本件通路を道路敷地としたうえで東京都知事に対し建築申請がなされ、禰寝宅については昭和二四年八月一七日に、西郷宅については昭和二五年一〇月二〇日に、それぞれ建築許可がされたこと、そして右西郷宅については、住宅金融公庫融資住宅であつたところ、当時の取扱いとしてかかる場合は建築許可に先立つて敷地の状況につき現地調査がされていたこと、その後の西郷宅増築の際にも、本件通路を法四二条二項による道路として建築主事に対し建築確認申請がされ、昭和三四年一一月九日に建築確認を受けていることがそれぞれ認められる。

2  そこで、以上の事実に照らし、本件通路が基準時において「現に建築物が立ち並んでいる」道であつたかどうかを判断する。

(一)  法は建築物の敷地は道路に二メートル以上接しなければならないとし(法四三条一項本文)、かつ、法上の道路は幅員四メートル以上のもの(法四二条一項)と規定したから、幅員四メートル未満の道のみに接する敷地に存する建物は法施行後再築等をすることが不可能となり、また市街化した地域においては道を拡幅し法四二条一項各号の道路とすることも実際上不可能である。他方法施行時幅員四メートル未満の道路も多数存在し、狭いながらも一般の交通の用に供され、防災、安全等公益上重要な機能を果してきた道もあつたわけであるから、幅員四メートル以上の道のみを一律に道路とすることは関係権利者にとつて酷な場合が生じうる。かような観点から法四二条二項は特定行政庁の指定するものにつき特例措置を設けたものである。

このような趣旨に照らすと、法四二条二項の規定する「現に建築物が立ち並んでいる」道の要件の判断にあたつては、当該道の周辺の状況等を総合的に判断すべきことはもちろんであるが、当該道のみによつて接道義務を充足する建築物が複数存在する場合には、原則として右要件をみたすものと解するのが相当である。蓋し、かかる建築物の関係権利者を救済することにこそ同項の存在意義があり、また、かかる建築物が複数存在する場合には、当該道を道路として確保しておくことにつき防災、安全等の面において公益上の必要性が認められるからである。

(二)  これを本件についてみるに、前記認定のとおり、別紙図面(二)表示の禰寝宅及び西郷宅の各建築物は、いずれも基準時前に本件通路を建築敷地に接する道路敷地として建築許可を受けているものであるが、その当時施行されていた市街地建築物法八条に法四三条と同様接道義務を課する規定があつたこと及び前記のとおり右禰寝宅及び西郷宅の各建築敷地はいずれも本件通路のみに接し、他に接道義務をみたすべき道路敷地は存在しなかつたことからすれば、本件通路は市街地建築物法上の道路であつたと推認すべきであり、右禰寝宅及び西郷宅の二棟の建築物は同法上の道路であつた本件通路によつて同法八条の接道義務をみたしていたこと、したがつて、本件通路のみによつて接道義務を充足する建築物が基準時に複数存在していたことが認められる。

この事実と羽場宅、西郷宅、禰寝宅、有住宅の建築物の位置が前記認定のとおりであることからすると、本件通路は法四二条二項の規定する基準時において「現に建築物が立ち並んでいる」道であることの要件をみたしているものといえる。

これに対し、原告は、基準時における本件通路の周辺には空地、畑等の占める部分が格段に広くおよそ市街地が形成されているという状況ではなかつたこと、本件通路の西側隣地には幅員二メートルを超える空地があつたこと等を理由に本件通路は基準時において「現に建築物が立ち並んでいる」道であるとの要件をみたしていない旨主張(原告の反論1)するが、原告主張事実はいずれも右要件の充足を否定しうるものではないのみならず、写真の部分は昭和二二年一二月二〇日米軍が八番五、一〇、一一及びその周辺の土地を撮影した写真であることについて争いがなく、重ね図の部分は弁論の全趣旨により成立の認められる乙第二〇号証によれば、本件通路の周辺はいわゆる市街地であつたことは明らかであるので、右主張は採用できない。

3  次に、本件通路の基準時における幅員を検討するに、前掲乙第一、第二号証の各二は、それぞれ禰寝徳也及び西郷幸雄の各建築許可書の添付図面であるが、右図面には、いずれも本件通路の幅員が九尺(二・七メートル)と記載されていること、前記認定のとおり右西郷申請に係る建築物は、住宅金融公庫融資住宅であつて建築許可に先立つて、現地調査を経ていること、前掲甲第二号証、乙第七、第八号証の禰寝徳也及び木村リヨウの各上申書には、本件通路の幅員が二・七メートルであつたことを認める記載があること、前掲乙第四号証の昭和一三年ころ作成された鈴木家(木村源蔵の前主)土地実測図には本件通路の幅員につき私道1.50(一・五間の意)と、前掲乙第五号証の昭和二四年一〇月ころ作成された土地測量図においても、同様に、本件通路の幅員につき1.50(一・五間の意)と各記載されていることからすれば、本件通路の基準時における幅員は二・七メートルであつたと認められる。

これに対し、原告は、前掲乙第一、第二号証の各二の禰寝及び西郷の各建築申請書添付の建築設計図は市街地建築物法八条に基づく接道義務をみたすような外観を作出するためにねつ造されたものであると主張するが、右原告の主張事実を認めるに足る証拠はないばかりか、前記認定のとおり右西郷申請に係る建築物は住宅金融公庫融資住宅であつて建築許可に先立つて、現地調査を経ている事実に照らすと、右主張は採用できない。

さらに、原告は、原告現存建築物(別紙図面(一)の青線枠内)と隣地境界線との間隔が二・七メートルをかなり下回つているところ、原告現存建築物と基準時における原告旧宅(別紙図面(二)表示の羽場宅)とは同じ位置・同じ大きさのものであること等から、基準時における本件通路の幅員は二・七メートルなかつたと主張(原告の反論2)し、証人増田末雄、同羽場ミ乃の各証言及び原告本人尋問の結果中には、昭和二六年末ころ原告旧宅焼失後、その跡に位置を同じくして、原告旧宅と同じ大きさの原告現存建築物が建築された旨の原告主張に沿う供述がある。

しかしながら、右は約三〇年前の事実であり、しかも新旧二つの建築物の大きさ及び位置の同一性という正確に判断し記憶することが必ずしも容易とはいえない事実に関するものであり右各供述自体確たる根拠に基づいてなされているわけではなく、しかも他に右同一性を認めるに足る証拠もないのに比し、前掲乙第一、第二号証の各二、第四、第五号証にはいずれも本件通路の幅員が二・七メートルである旨の明確な記載があることに照らすと、右各供述はいずれも採用することができず、他に前記認定を覆すに足る証拠はない。また原告は、原告の現存建築物は昭和二八年建築確認を得た旨主張する。右建築物につき建築確認を得ていたとすれば、当時は本件通路を法四二条二項の道路とみていなかつたことになるが、当時の建築主事が右の判断のもとに建築確認をしたとすれば、右建築確認は誤りであつたといわざるをえない。したがつて、右の事実は前記認定を覆すに足るものではない。

4  次に、本件通路が基準時において「一般の交通の用に使用されている」との要件をみたすかどうか判断する。

(一)  別紙図面(二)表示の禰寝宅及び西郷宅の各建築物はいずれも本件通路によつて市街地建築物法八条の接道義務をみたしたうえでそれぞれ基準時前に建築許可を受けたこと及び右各建築敷地(八番地一〇、一一)は本件通路以外の道路敷地に接しないことは前記認定のとおりである。

また、右禰寝宅の建築物が昭和二四年一〇月ころ竣工したこと及び西郷宅の建築物竣工日が基準時の二日後の昭和二五年一一月二五日であることは当事者間に争いがない。

(二)  ところで、本件告示第一号の「一般の交通の用に使用されている」との要件に関しては、前記の法四二条二項の趣旨に照らし、少なくとも二世帯以上の者及びその関係者が当該道を通行の用に供する場合には右要件をみたすものと解するのが相当である。

(三)  これを本件についてみると、前記のとおり禰寝宅の建築物は昭和二四年一〇月ころ竣工し、その建築敷地は本件通路以外の道路敷地に接していなかつたのであるから、基準時において禰寝宅の居住者及び同人らを訪問する者らが、北側公道に抜ける道路として本件通路を通行の用に供していたものというべきである。また、前記のとおり西郷宅の建築物竣工日は昭和二五年一一月二五日であつて基準時から遅れることわずか二日にすぎないから、右建築物は基準時にはすでに建物としてほぼ完成していたものと推認され、この事実と前記のとおり右建築敷地も本件通路以外の道路敷地に接していなかつたことに照らすと、基準時当時において、西郷宅の関係者が本件通路を通行の用に供しており、さらに西郷宅の居住者も基準時に極めて近接した日以降に本件通路を利用することが確定していたものとみるべきである。そうすると、基準時において二世帯以上の者及びその関係者が本件通路を通行の用に供していたとみて妨げないから、本件通路は基準時において「一般の交通の用に使用されている」との要件をみたしていると解すべきである。

これに対し、原告は、基準時において、原告宅では敷地の一部であるとの認識のもとに、本件通路を、洗濯物・植木鉢等を置く場所として使用し、また、西郷宅は建築中であつて居住しておらず、さらに、禰寝宅では西側に出る通路を利用していて本件通路をほとんど使用していなかつたのであるから、結局本件通路は基準時に道路として使用されていなかつたと主張(原告の反論3)する。しかしながら、右主張のうち、原告宅及び西郷宅の本件通路の使用状況に関する主張は、「一般の交通の用に使用されている」との要件につき、前述した説示のとおり解する以上、右要件の充足を否定する理由とはなりえないものというべきである。

また、原告主張の禰寝宅から西側に出る通路の存在については、証人増田末雄、同遠藤はる、同羽場ミ乃の各証言及び原告本人尋問の結果中にはこれに沿う部分があるが、右各供述からは、その通路からどのようにして公道に出るのか、また、禰寝宅の居住者がそこをどの程度利用していたか不明確であり、いまだ右の者らが本件通路をほとんど使用していなかつたことを認めることはできず、前記認定のとおり木村源蔵が禰寝徳也に対し八番一一の土地を売り渡すに際し本件通路を北側公道に抜ける道路として確保する旨の約束をしたことに照らすと、禰寝宅の居住者が基準時において本件通路をほとんど使用していなかつたという右主張は到底採用できない。

5  また、前記認定にかかる本件通路の基準時における状況によれば、本件通路は本件告示第一号の規定する「道路の形態が整い、道路敷地が明確である」との要件をみたすものと解すべきである。

これに対し、原告は、本件通路の南側出口(禰寝宅側)には、基準時において、木戸が設けられていたうえ、西側部分には低雑木が茂つていたのであるから、本件通路は単なる空地であつて道路としての形態を整えていなかつたと主張(原告の反論4)する。

しかしながら、証人羽場ミ乃の証言によつても木戸が設置された時期は明確でないのみならず、仮に基準時当時原告主張の木戸が存在したとしても前記の認定判断と矛盾するものではない。また、雑木の存在についても、これを認めるに足る証拠はないから、結局右主張は理由がない。

6(一)  以上のとおり、本件通路は、基準時において現に建築物が立ち並んでいる道であつて、かつ、本件告示第一号に規定する要件をすべてみたし、もつて法四二条二項に規定する要件をみたしているから、同項の規定による道路と認められる。

(二)  そうすると、本件申請に係る建築物の敷地の西側隣地境界線から東側水平距離一・三五メートルの線(別紙図面(一)の本件道路中心線)から振り分け二メートルの線、すなわち西側隣地境界線から東側水平距離三・三五メートルの線が道路境界線となる。

(三)  したがつて、本件申請に係る建築計画は、別紙図面(一)のとおり右道路内に申請建築物の一部を建築するものであるから、法四四条一項の規定に抵触することとなる。

三  以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、本件処分に原告主張の違法は存しない。

よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 時岡泰 満田明彦 大鷹一郎)

図面(一) 本件建築計画及び現況図〈省略〉

図面(二) 中野区中野一丁目8番 利用状況図(昭和25年11月23日当時)〈省略〉

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